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3日間楽しく、とてもいい気分になった音楽祭だった。どの回も新鮮ですばらしくて、家に帰っても目が冴えて眠れなかったくらいだった。楽器は調子よく鳴るだろうか、お客様は楽しんでくれるだろうか、といった心配は、オーパスワンのすばらしいハーモニーが始まった途端に吹き飛び、一観客として心から演奏会を楽しむことができた。1日目、2日目、と進んでいくうちに、次はどんなふうだろう、と期待が膨らみ、毎回期待以上に感動した。
以前、林さんにガルネリのチェロを使ってもらった時にもオーパスワンの演奏を聞いたが、今回のアンサンブルはさらにすばらしかった。ブーンと弾いた時、一つの楽器で重音を弾いているかのようにバランスよく音が溶け合っていた。特に、普通アンサンブルでは目立たない存在になりがちなヴィオラが圧倒的な存在感で響いていた。ガルネリ・ファミリー3本の組み合わせを、腕のいい奏者が弾くと、あんなにすばらしいハーモニーができるのか、と感激だった。300年前のガルネリの時代にこのような音を聴いていた人たちは、よほど心の美しい人だろうと想像した。
ガオ・カン、リュウ・シャオは驚きと感動の連続だった。昨年のシャコンヌ北京展示会場で、2人がすばらしい演奏を次々と披露してくれたと、担当者から話を聞いていたが、想像を全く超えていた。超人的なテクニック、のびのびと元気でパワフルなガオ・カン、「巨匠」の風格があり、非常に音楽的なリュウ・シャオ、二人のエネルギーに対抗できるシー・ジャージャ。前日に選んだ複数の楽器と弓で大曲を次々と演奏し、人を感動させることができるなんて、すごいと思う。
『シャコンヌ』のガスパロ・ダ・サロの純粋で太い音は、大音量のパイプオルガンのようだった。モーツァルトでの美しい音もすばらしかった。サロがこんなに元気で音の大きい楽器だと知って感激した。400年以上経っている楽器が、現代のホールを鳴り響かせられることを、その現場で体験できたのは非常に嬉しい。一方、シャコンヌオリジナルは新作である。直前のサロと年月の差を感じさせない魅力があった。漂うようなマ・スーコンの曲でも、テクニカルなカルメン幻想曲でも、演奏のすばらしさと合わせて、曲の途中で何度も拍手したくなったほどだった。シャコンヌの社員として非常に誇らしかった。
ブラームスの3本のストラドは、さすがストラド、と思った。華やかで美しい音色がすばらしかった。2楽章の頭でビブラートをかけずに弾いた木管の旋律ではあんな音も出せるのかと驚き、その後のびのびと歌うようなソロの旋律では、あまりの美しさに涙が出そうだった。リュウ・シャオのラベルでも、きらきらしたニスの音が印象的だった。ストラドはこういう演奏のためにある楽器で、シャコンヌのストラドはこんなにすごい楽器だったのかと思って、非常に嬉しかった。
岡崎さんは、長年あの楽器を弾いている分、楽器と完全に一体化して、とても自然だった。7年の間に岡崎さんもパワーアップし、あのストラドも進化し、シャコンヌも変奏してきた。それぞれが互いに影響し、刺激されてきた結果、今回のすばらしい演奏が生まれたのだと思う。R.シュトラウスはCD「デビュー」の頃よりも、間の取り方や音の深みのレベルがものすごく高くなった、と感じた。音色の種類がとても多いと思った。岡崎さんも、江口さんも、乗ってくると迫力を増してきて、1楽章の盛り上がりは最高だった。宇宙空間にいるような気分になった。2楽章は本当に美しかった。ヴァイオリンは美しいなあ、としみじみ思った。『シャコンヌ』は崇高で宇宙的だった。客席のお客様がピクリとも動かなかった。圧倒的なすばらしさに、私も動けなかった。楽器の音がいい、演奏が上手い、という次元を超えて、すばらしい音楽を聴いて感動した。
3日間の演奏者の皆さん、モラッシー氏、ゼン・カン氏、アンネ・ポランド氏、と今回の音楽祭に集まっていただいた顔ぶれを改めて思い、我々の仕事は世界一流の人たちと関わる仕事なのだ、と緊張した。またいつの日か、このようなすばらしい音楽を聴き、多くの方々と感動を共有できることを願って、日々の努力を惜しまないようにしたい。
(名古屋店:田)
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